感傷

紙の上に浮んでくる魚
魚の中には時計がある
美しいその眼を見よ
軽金属
輝く紙の河
かりそめの茸が生い茂る網膜に
未来の魚群は産卵する
産卵は死の進化
汚点のように
紙の世界は拡がり
透明質の流れから
粘土製の陸生動物へと
内在する海を抱き
時計を抱き
時の海から空間へと
紙の魚たちは侵入する
太陽の巡る温暖地から
星辰の凍てつく沙漠まで
未だ到らぬ再生の場を求め
なめらかな稲妻が伸びる沼地の夏
散乱する記号を尻目に
四肢と触角を震わせ
わびしい風の世代を巡り
胎盤の海で円環を閉じる
不完全体
不完全進化
滴る静かな潮を固め
やがて朽ちる化石の刻限まで
冷たい果汁を
細い喉をうるおすために
一束の紙片はあまりに虚しく
季節の巡りとともに
融けてゆく素焼きの人々
かつての肺魚
疎らな記憶の群島伝いに
点々と散らばる時計の部品を拾い
拾い切れずにのたうつ太陽
ついには裂かれた紙片の上で
魚の形に鳥の影を重ね
視線の背後に追い落とす
見れば廃墟に似た都市の底にいて
歪んだ鏡に映る姿は
空間に汚れた血脈の果てだ
未だ産卵の時は到らず
血は背後から冷えてゆく
促らに費される紙の上の漂流は
視野を瑪瑙状に濁らせる
目指すべき陸地はすでに失なわれ
原点は始めから無かった
あとは無限に交錯する矢印の迷路で
とまどうこと
とどまること
とめどない出血に耐えること
虚空に懸かる細い細い月を
塩に埋もれた淋しい死を
選ぶのさ嘆くことなく
望みもせずにそして
忘れることさあの
昏く輝く紙の世紀を